03 / 02

あやし、あやされ。

長女がまだ赤ちゃんのときに法事に参加(?)したときのこと。

 

室内のおばあさま方がこぞってあやしに集まった。それはもう、みんな満面の笑みで、突いたり、抱っこしたり、話しかけたり、今の状況下ではありえない『集団あやし』。

 

お経終わりの説法で、お坊さんがそのことについて話されたことが印象的だった。

 

「大勢の大人が一人の赤ちゃんをあやしてあげていると思っているでしょうが、実は、一人の赤ちゃんが大勢の大人をあやしてくれているのです。その証拠に、皆さん笑顔ですごく嬉しそうにしていました。」

 

状況を思い返せば、まさにそう。

おばあさま方は完全にあやされてあげていた。

 

おばあさま方の心をあそこまで摑むのは、赤ちゃんと毒蝮三太夫くらい。

 

置き換えれば誰もが、
教えているようで、教えられており、
育てているようで、育てられており、
支えているようで、支えられている。

 

そう捉えれば、堂々と教われる。

 

02 / 08

同志求む。

先日、オーディオ狂だった義父からレコードプレーヤーを譲り受けた。体感レベルとして正直ここまで違うのかという驚きと、以後の工程をもう少し良くしようという欲が生まれる。

 

一般的なイメージとして、レコード=古くこもった音のイメージかもしれないが、ちゃんとしたもので聴くと全くの逆で『太く生々しいリアルな音』になる。

 

CDは、人間が聞き取れとれない領域の音(20kHz以上)はスパッとカットされているが、レコードはアナログなのでそれらの音も全て入っているとか。(聞こえない音が全体のリアル感、空気感、自然さに影響しているというのは確かに感じる。)

 

↓ちなみに、スマホやCDとの違いとしてはこんな感じ。

スマホやCD=「聴く(歌詞、メロディー、リズム)」

オーディオシステム=「体感する(上記に加え、音圧、波動振動、音像定位、臨場感)」

 

 

オーディオシステムの役割としては、その全ての音が収録されたレコードから、いかにどれだけの音を忠実に抽出し、整理し増幅し、聴く人への体感に変えるか。

 

あれ?なんかブランディング構築によく似てる。

 

  1. 収録内容を忠実に高解像度で抽出する針(ヒアリング、リサーチ)
  2. 個々の音を理解し、整理・再形成するプリアンプ(ブランド設計)
  3. 雑音が混ざることを防ぎ、音を最大化させるパワー・アンプ(マーケ施策)
  4. 音圧、波動振動、音像定位で臨場体感に変えるスピーカー。(顧客体験デザイン)

 

どれ一つ欠けても音は鳴らないし、どこかの工程で適当にするとその後の工程のレベルがぐんと下がる。全てがフルスペックを発揮して、アウトプットまで持っていくことができれば感動体験(体感)へ変わる。

 

ブランディングも同じ意識で、クライアントのポテンシャルを高解像度で抽出する針の部分をもっと研ぎ澄ましていけば、エンドで情報に触れる人(地域社会)に対してより強く大きな感動体験へもっていける。

 

追伸:

自分の中だけでは完全同作業のこの二つを掛け合わせた『完全防音オーディオシステムのブランディング相談ルーム』作りたい。<同志求む>

 

 

01 / 09

降り龍から昇り龍へ。

昨年のとんどで、妻の手違いから『降り龍』を放ってしまった結果、急に教員、講師、アドバイザーなどの教育・指導系へと大きく傾いた。そんな一年だった。おそるべし降り龍&とんど。

※【降り龍(くだりりゅう)】天に昇った龍が知恵の宝珠を手に入れて降臨し、その知恵を地上へ教えひろめる。

 

上記概要のような立派なものではないのだけど、現段階で自分自身が方々から授かった学びを次の人たちへ伝道するといったレベルでやらせてもらっており、個人的にはそこから次の学びや気付きも多く、まさにこれ自体授かり中だと感じる。

 

その半面、ほんの数年前までは、自分より年上の人と接することが多かったが、気がつけば周囲の社長や役職の方もバリバリ世代の30代が増え、そこへ生徒やスタッフが20代前半〜半ばとなると、「あれ?あれれ?」となってくる。

 

まだまだ、現フェーズでの学び要素も山積状態、控える次フェーズにおいては赤ちゃんレベルなのに、教えることに意識が傾きすぎると自分の伸び代確保自体が難しくなる。

 

降り龍はあと数年は継続だが、今年はプロジェクト系等スタートするので昇り竜にシフトしていこう。(と言いつつ、無意識に降り龍を描いてしまっている…。)