08 / 07

文章の持つ力

最近、文章の持つ力というものに興味が強くなっている。

「誰も読まないだろう」というような箇所にも、手を緩めず想いを綴れば、誰かにきちんと届いている。そこに手を緩めるから、誰も読まないものになってしまうことを、経験として理解しはじめている気がする。

 

これまでは、主にデザインなどビジュアル面重視でやってきたが、UX(顧客体験)デザイン経由で、いつからか言葉選びや文脈へも意識がつながり、気がついたら文章構築にも時間を“投資”することが増えている。

 

ブランドの基礎構築をする中で、様々な要点が共通認識として見える化され、シートに散りばめられる。それらを組み合わせたり、隙間を縫ったり、バランスをとりながら、まずは感情ファーストで書き出してみる。それから調整調整。

 

  • 自社たちの顕著性を言語化する。(自社を知る)
  • 自分たち独自の言葉を使う。(他社・業界を縫う)
  • ターゲットに沿う感情で語る。(理想の人を描く)
  • 調和と違和感をつくる。(時世とバランスを掴む)
  • 語り手の立ち位置を定める。(ポジションを定める)
  • 漢字とひらがなのバランス。(語り口調を整える)
  • 文脈を統一し、分散する。(想いを浸透させる)
  • 詩的とSEOのバランス。(実質的な結果を読む)

 

などなど。

1ビジュアル×1メッセージから細分化し、枝葉の先まで血を通わせることができれば、葉は青々としげるはず。諸々の制約や条件などあるが、できればここまでを的確且つ強烈に表現したい。この部分を強化するためには、リベラルアーツというのか、もっと吸収が必要。

 

07 / 02

生産者とデザイナーの責任

ここのところ、新商品開発段階でのデザインの相談を受けることがちらほら。個人の方は希望感にあふれ、チームの方々はなんとか良いものをと切磋琢磨し、経営者の方は会社の未来をつくり、顧客や従業員とその家族を守ろうとしている。

 

人はクリエイティブに関わると輝く。

だから、ここに関わらせてもらうことは楽しい。

 

しかしながら、毎年毎年たくさんの新しい商品が生まれては消えていく。デザインの賞を取るような素敵なデザインの商品でも、売り場で目にすることがなかったり。メディアで取り上げられて認知度が高まった商品でも、翌年には姿を消していたり、市場は飽和状態且つサイクルが早い。

 

生産者は何か商品を提供し、多くの消費者を喜ばせることが仕事だし、デザイナーは、その商品がより多くの人の目に触れ、手に取りたくなるようにすることが仕事。…ただ、両者とも一度立ち止まって再確認したい。

 

 

「投じるなら意義ある一石を。」

 

 

せっかく、知恵・労力・資金、資源を使って取り組んでいるのだから、市場や社会への良い刺激を与えたり、世に良い循環を起こしたいもの。例えば、以下などどうだろう?
 

  • 市場既存商品を軽資源へリードするようなもの
  • パッケージの省容量、適正コスト(本体販売価格の何割)
  • 再利用、継続利用可能なパッケージデザイン等
  • 商品自体の持久性向上
  • 資源元関連事業への寄付活動(売上げの数パーセント)
  • リサイクル素材、廃棄物利用での商品、パッケージ開発
  • 地産地消モデル
  • ロングテールモデル
  • 広告宣伝、販促物のオンライン化

 
環境保全だけが課題ではないし、一点思考で片付く簡単な問題でもないが、SDGsからのブレイクダウンや単なる世の中のムードも含めて、今後厳しくなることはあっても、緩むことはないと思うのと、制約が課されれば課されるほど、新たなアイデアを産まれる機会となるので、これらを挙げてみた。実際に現状の案に+1要素でも加われば。
 
この他にもあらゆる視点から、世に受け入れてもらえるか否かで共に再考して、受け入れてもらえない要因をひとつひとつ潰していき、きちんと説明できる段階になれば、それは意義のあるものになるだろうし、結果として多くの人たちへ届く可能性も高まるはず。

 

デザイナーは、とりあえず依頼を受けてデザインすれば、報酬をもらえ、自身の実績も増える。でも、きちんと商品自体の存在価値と向き合わないと、様々なロスを生み出すことに加担しただけになってしまう。(そうすると、デザイナーの社会的価値下落へつながってしまう。)

 

デザインは商品の足りない部分をカモフラージュするものではなく、やはりその商品自体の意義検証からはじまり、届け方、使われ方、廃棄についてなど、顧客体験や時代背景などを考慮したうえでアドバイスすることが、相談されたことに対する礼儀だと思う。

 

これだけ物と情報がありふれており、経済・社会・環境のバランスが問われる時代だからこそ、やみくもにリリースするのではなく、今ある良いもの、面白いもの、素晴らしいものに敬意を払いながら、それらの意義を超えることを目指して慎重に取り組みたい。

 

それが何か物を生み出す人たちの最低限の責任。

(こんなことを言っているから、話がどっかへ行ってしまうのだろうけど。)

 

05 / 24

今がベストタイミング

現在少6の長女。チャレンジ精神旺盛で何でもやる。そんな彼女がより一層勉強に目覚め、塾行くだの、中学受験するだの急に言い出した。しかし、僕も妻も「なんでそんなに勉強するんだ。やめろ。」という始末(笑)

 

結局、塾体験に行って話を聞いて帰ってきた。受験まであと半年。毎日10時間以上受験用の勉強しても希望校に受かる可能性は・・・(誰もそこがどんな学校かも知らずに勝手に希望してる)。知識どころか興味関心のない親たちはお受験の現実を知ってただ「へー」と驚くだけ。普通は小4から受験勉強に取り組むらしい。遅いにもほどがある。

 

本人も厳しいことは十分に理解できた様子だが、早朝5時起きし、夜も自分の部屋に上がって勉強している。でも、かなり葛藤もあるようだし、勝手にプレッシャーも感じている。

 

 

で、結論。

 

塾での勉強は続けるが中学受験はやめて、今から将来なりたいものや行きたい高校を探しながら、高校受験を見据えて、遊びや運動、友達と青春を謳歌しながら、健康的に勉強し、計画的に希望校を目指す。頑張るのは大いに結構だが、病むレベルでやる時期ではないとした。(これを受け、彼女の表情に安堵感が。)

 

今は、感情・心身ともに急成長期、部屋に篭るんではなく、自然に触れ吸収し、周りからの愛情や幸せを思いっきり心に詰め込んで、健全な精神と体で人としての基盤をしっかりつくる時期。そこに好奇心とチャレンジ精神が宿る。これが凡人の親がはじき出した答え。正しいかどうかは知らない。

 

ただ、今このタイミングで受験の存在に気づいたのは、それが彼女のベストだったということ。物事を始めるのに早いも遅いもない。今がベストタイミング。

 

 

CARVERがメキメキ上達する長女。
CARVERがメキメキ上達する長女。