11 / 03

知らなすぎた宮島

現在進行中プロジェクトのクライアントさんのルーツが宮島弥山にあるとのことで、お誘いを受け早朝から宮島弥山登山に出かけた。
道中、建築物から歴史的なことまで、いろいろ案内してもらいながら歩く宮島は驚きの連続で、僕が”知ったげ”に県外の友人を案内してまわったそれとは恥ずかしいくらいに別物。

 

この数週間前にNHK番組”ブラタモリ”で放送された宮島特集で随分驚かされたはずなのに、「まだ驚けるか!?」という自分の余白に感心した。

 

この日のコースは、以下。

  1. 紅葉谷コースで登山
  2. 霊火堂、弥山本堂、三鬼堂を訪問
  3. 弥山山頂にて昼食
  4. 大聖院コースで下山
  5. 大聖院を訪問
  6. カフェにて休憩

 

朝9時集合し、登山を終え、気がつけば宮島を出たのが18時。

クライアントさんが曽祖父から受け継いできたという伝統を感じることができ、そして只々楽しく充実した一日となった。

 

是非、次は別のコースを登ってみたい。

”受け売り”のうんちくを引っさげて。

 

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以下、本筋の話は出せませんが、観光視点で写真掲載。

 

宮島石垣 豊臣秀吉
今まで気にも留めなかった脇の石垣が、豊臣秀吉が築いたものとのこと。角の積み方から、その上に建っている建築物の状態が歴史とリンクしている。

 

宮島弥山 霊火堂
この霊火堂の火が、広島平和記念公園の”平和の灯”の火種とのこと。皆ふつうに知ってるのだろうか?

 

宮島弥山 霊火堂の線香
せっかくなので、”灰になると絵や文字が出てくる線香”と、”名前を書いて火を灯すローソク”をやっといた。

 

宮島弥山山頂の展望台
広くて綺麗な展望台にて昼食。

 

宮島 大聖院
すごい迫力の大聖院。どうやって建てるのか見当もつかない。

 

大聖院 観音堂の地下
観音堂にドラクエみたいな地下への階段があります。これは面白かった。
摩尼殿
摩尼殿。ここの彫り物はすごい。この記事のアイキャッチ画像用に描いてみるとそのデザイン性?の凄さに改めて気付かされた。
遍照窟
遍照窟。また洞窟系があったので入ってみるとこの美しさ。

 

宮島鳥居 夕景
この充実した一日のエンディングにふさわしい素晴らしい夕景。
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10 / 12

ジャズライブの聴き方

先日、良いジャズライブがあったので
音に異様にうるさい恩師と共にSPEAK LOWへ。

 

今回は、トニー・モナコ (org)、小沼ようすけ (g)、ジーン・ジャクソン (ds)
というオルガントリオ編成で、CottonClubなどの有名どころをはじめ、
国内~韓国をまわるツアーの第二弾とのことだったので期待していた。

 

結果、その期待を上回る素晴らしいライブで、
クライマックスに達したときにはやはり寝てしまった。
いつもながら良いライブであれば、チケットが高額であろうとも、
ガッツリ寝てしまうという至高の聴き方。
 
トニー・モナコ、小沼ようすけ、ジーン・ジャクソン
 
良いジャズライブは、ビリビリと鳥肌が立ち、脳みそ掻き回され、
爆音&振動マッサージで寝かしつけられるという、
訳のわからない体験をできるのでオススメです。
 
広島で次にこのレベルのライブとなると当分なさそうなので、
そろそろBlue Noteかな。
 
 

WILDE SUNGLASSES
ライブ後、恩師の知合いがレセプションパーティーをやっているとのことで、SUnDAYS on WILDE SUNGLASSESへ。愛媛出身の人による、バルセロナ初のブランドで、イタリア職人によるサングラスの日本第1号店である広島のショップ。デザインも凝ってるが発祥も凝ってる。
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09 / 12

全業種必須の“UXデザイン”

UXデザインという言葉。

直訳すると“ユーザー体験をデザイン”するということ。

 

今や、この用語はすべての業種で必要不可欠なものとなった。

(以前はWEBサイトのユーザビリティーの観点で使用されるものだったように思う。)

 

具体的にどのようなことをするのか。

プライベートで似たようなことがあったので例に。

 

 

この度、来年小学校に上がる次女にランドセルを買った。

そして、この時に長女から「私の時にやったアレやってあげて!」と要望が。

 

アレとは、“宝(ランドセル)探し”形式にすること。

 

四箇所くらいにクイズを書いた紙や空箱などを仕掛け、

保育園卒業検定的なクイズを順にクリアしながら、

ランドセルに辿り着かせるというもの。

(長女の時についつい柄にもなくやってしまった。気持ち悪いでしょ。)

 

 

ただ渡すだけであれば、物に対する喜びでしかなく、それは一瞬で終わるが、

これを“体験”として渡すことで喜びは色濃く記憶に残る。

 

案の定、ギャーギャー騒ぎながら1階2階をドタバタ走り回り大騒ぎ。

そして翌日、次女は保育園でこの出来事を先生や周りに触れ回った様子。

また三女の時には、こいつが「アレやってあげて」と言うに違いない。

 

 

彼女たちの記憶の中では、

「ランドセルをもらった喜び」ではなく、

「ランドセルをもらった時の喜び」として記憶される。

同じことのようでありながら、心の中に根付くその価値は全く違う。

 

 

物や情報が溢れかえり、世の中のスピードがドンドン早まる今だからこそ、

少しでも濃い体験により有益な時間を過ごさせることで、

その体験者にとってのバリューは特別な物になる。

 

 

彼女たちの記憶の中に、いつまでこの体験が残るかは分からないが、

自分たちが親となり、子供にランドセルを渡すときに思い出してくれるかな?

 

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